その手を、取った。









A Queen of the Night











いつもの放課後、いつものアメフト部室で。
練習も終わり、とっくに夜は天から足元まで降りてきていた。
秋はいつのまにか通り過ぎようとしていて、
冬が段々と近付いてくるのを肌が感じるようになってきていた。





ヒル魔が月下美人の開いた花を抱えて部室に戻ってきたら、
場に1人残っていた姉崎まもりはひどく驚いていた。
まもりに向かって、その花を放り投げる。
座っているまもりの前、カジノテーブルの上に軽い音をたてて転がった。
「ヒル魔くん、ど、どうしたのこれ」
「テメーに似ている」と、ヒル魔は答えにならない答えを返した。
そう思ったら自分のものにしたくなった。
ただそれだけだった。
どうせ一夜限りの花なのだ。
他の人間に見せてやることはない。
すぐにむせ返るほどの芳香が部室中に広がった。
「いい香り。『夜の女王』と呼ばれるだけあるわね」
「夜の女王?」
「確か英名のひとつがそういう意味なのよ、月下美人って」
「ほー」
「花を見たのは初めてだわ。ありがとう、ヒル魔くん。……うれしい」
そう言って花が綻ぶように笑うので、その笑顔を独り占めしたくなる。
手を伸ばそうとしたら、まもりが動いた。




首を落とされたように転がっている白い花を拾い上げ、
まもりは立ち上がり辺りを見回して何かを探しているような素振りを見せる。
「何をしてるんだ、糞マネ」
「持って帰るの。花を入れるものが何かないかと思って」
「なんで持って帰るんだ」
「あなたからもらった花だもの」
言われて呆れた。
「そんなもの、すぐに枯れてしまうんだぞ」
「それでもあなたがくれたものなのよ。この花は!」
自分があげたものならば何だっていいのか、とヒル魔は思う。
例えばそれが『もの』であっても、『もの』ではなくても。




「じゃあ、花と俺とはどちらがいいんだ?」
問いかけたらまもりはしばらく言葉を失くしていた。
そんな2択があるかと思ってはいるが、訊かずにはいられなかった。
静かに場を満たす沈黙は、過ぎ去る時間の実感を失くしていく。
まもりは花に視線を落とし、その後何度か首を振り顔を上げ、
ヒル魔を真っ直ぐに見つめて言った。
「わたしが、本当に欲しいのはあなたよ」
ヒル魔は満足気な笑みを浮かべる。
そう言い切る潔さが、ヒル魔にとっては大変に心地良い。
「もう戻れねェぞ、それでもいいのか」
掛けた言葉にも怯まずに、まもりは片手で花を抱いたままこちらに一歩を踏み出した。
目の前に伸ばされた手にヒル魔はただ驚く。
「この手を取ったら、あなたもたぶんどこにも戻れない」
「上等だ」
そう言ってヒル魔はまもりの透き通るように白い手を取った。
その甲に、キスをするために。









END










2008/5/5 UP



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