そう
それは只の夢


彼は
わたしたちは



まだ諦めてなんかいないのだ











夢を見た











西部ワイルドガンマンズとの試合を明後日に控え
不安と緊張が高まっている秋の夜。
姉崎まもりがロッカー室で片付け物をしていると
ヒル魔が入ってきた。
もう制服に着替えていて、後は帰るだけのようだった。





「糞ガキ共はみんな帰ったのか」
「うん」
「そっか」
そういうとベンチに座っていた彼女の後ろ、
向こうむきに彼は座り、その背で寄りかかってくる。
重さを感じて、少し息が苦しい。
彼の体温を感じて、彼女の頬も熱くなった。
「…ヒル魔くん、重いわ」
返事は何も返ってはこなかった。
今日の彼が少しいつもと違うのには、もうとっくに気がついていた。
彼が自分ではじき出した西部戦の勝率はほぼ0%。
そのパーセンテージを少しでも引き上げるべく
いろいろと策を練る。
できることはなんでもやる。部員たちにも。
だが、いろんな意味で彼は疲れているのだと思う。
もちろんデビルバッツの他のメンバーには
少しも気取らせないが。
彼の近くにいる彼女にはその小さな変化が分かってしまう。





「どうかしたの?」
敢えて彼に問いを投げてみた。
答えが返ってこなくても、それでいいと思っていた。



「…夢を見た」
と掠れた声を少しだけ震わせて彼が言う。



こんな感じの声は始めて聞いたような気がする。
体の内に入り込み、心臓を震わせる。
「そう…どんな?」
心拍音が跳ね上がり動悸が止まらないが、
表面には出さずに彼女は問いなおす。
「最後の秋大会で、…最後なのに俺と糞デブしかいねーんだ」
「それは只の夢よ」
彼女は間を置かずにそう言った。
手を止めて。目を伏せて。
「……」
「あなたはひとりじゃない。栗田くんと2人きりでもないわ。
みんながいるじゃない。あなたと共にクリスマスボウルを目指す仲間がいるわ」
「そうだな。テメーもいるしな。…だがひとり足りねぇ」





確かに、デビルバッツのメンバーは全員まだ揃っていない。
彼とその仲間たちはキッカー不在のまま、
これまで秋大会を勝ちぬけてきた。
明後日の試合も、その空白をまだ埋められないまま戦うことになる。



それでも。
でも。それでも。彼は。そしてわたしたちは。
「諦めてなんかいないくせに」
そう言葉をやっとのことで吐いた。



彼を伺うように首を背後に向けると、
ベンチに置いた彼の手が視界の端に見えた。
彼女は手をそっと動かし、その手を包む。
彼もしばらく黙っていたが、手は動いて互いの指を組んだ。
何故だろう、切なさで胸が押しつぶされそうになる。



再び彼女は言った。
「諦めてなんかいないくせに」
「たりめーだ」
彼の返事に安堵しながら、組んだ指に力を込める。
胸の真ん中あたりに熱いかたまりがいつしかあって
それはたぶん彼の声でできていて、彼女の心を震わせていた。









「夢を見た」と彼は言う。
「それは只の夢」と彼女は返す。





諦めてはいないのだ。
彼も彼女もその仲間たちもまた。













ヒル魔くんの見た夢は
まんま「ムサシくんが戻ってこない」という夢ですね。
まもりちゃんもそれを十分分かった上で
ああいう発言をしているようです。


シリーズ「彼と彼女」


2005/12/17 UP



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