もしも
神様がいるのなら


悪魔の願いを
かなえてください









wish











ついほんのさっきまで
西の空に朱色の大きな夕陽があって
あまりの鮮やかな色に
つい見入ってしまっていたというのに。

すぐに宵闇はせまってきて
太陽の光を受けるすべての色を遮断しはじめた。


だが泥門デビルバッツの練習はまだ終わらない。
秋大会の真っ最中である。
彼らにはまだまだ時間が足りなかった。


姉崎まもりは、ヒル魔が部室のほうに向かったのを見て
後を追った。
明日の部長会議についての打ち合わせをしておきたかったのだ。
部室まで走りながら宙(そら)を見る。
星がひとつ、きらりと光っていた。







部室のドアを開けると、真っ暗だった。
「…ヒル魔くん?」
たしかに彼は部室に入っていったはず。
その彼を追ってここに来たのだ。
風の冷たさに慌ててドアを閉め、電気をつけようとすると
その手を急に掴まれて、まもりは驚いた。
「糞マネか」
「…いたの?どうして電気つけないの?」
「……」
「どうかしたの?」
「何でもねぇ。ちょっと頭冷やしにきた。明かりは邪魔だ」
いつもいつもその頭脳はフル回転で稼動している。
ひとりになって、光すらも遠ざけて、休める時間が必要なのかもしれない。
「わたしも…邪魔なら出るわ」
「ちょっと黙ってろ」
その言葉に動けなくなった。
「でもヒル魔くん、それじゃ休めない」
「テメーはいいんだ」



暗闇の中、手は掴まれたまま。
その手はすごく冷たかった。
冷え込んできた空気の中でも手袋をしていないからだと気づく。
QBだから。
彼の手からボールは放たれ、空を舞う。その大事な手。

まもりは空いているもう片方の手で、
自分の手を掴んでいるヒル魔の手の甲を包む。
それを胸のところまで持っていき…
そしてまもりは顔を伏せ、祈った。







もしも神様がいるのなら、
彼の願いをかなえてください。

もしももしも
神様がいるのなら。

願いは
クリスマスボウル。









暗闇に目が慣れてきて、顔を上げると
ヒル魔の顔が近くにあるのがわかる。
ゆっくりとやさしく、残りの片方の腕で抱きしめられた。
お互いが一言も言葉を発せず
静かな時間だけが、流れていく。
まもりはうれしかった。
アメフト部のみんなにも、もちろんそれ以外の他人にも
決して弱みを見せないヒル魔が
まもりの前ではフェイクをはずしてくれる。



近づけば近づくほどわかる。
悪魔ではなく、彼はやはり人間なのだ。




しばらくして、ヒル魔が口を開いた。
「さっきから何やってる」
「…祈ってるわ」
「ケケケ、神様お願いってか?」
「悪魔のお願いかなえてくださいって」
「ざけんな、テメー。夢は自分でかなえるもんだ」
「…でも祈らずにはいられないのよ」
まもりはヒル魔の腕の中、
体を預けて目を閉じ、再び祈る。










神様

どうか
わたしたちの願いを



願いは
クリスマスボウル














悪魔→彼→わたしたち
と変わっていっているのが月篠なりのこだわり。
変なところにこだわるくせがあったりします。


シリーズ「彼と彼女」




2005/12/3 UP



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