青い瞳は夜の闇に
そのまま溶けて星になる



白すぎる肌は月の光を浴びて
淡く光っているようだ



花が綻ぶように
ふわりと笑う




気持ちはどこまで
秘密にできるだろうか











Under the rose
(慣用句で「秘密」の意)












卒業間近の時期だった。





2月の冷えた空気だけが、
もう寒さにはいい加減慣れた肌を刺す。
ヒル魔はアメフト部に顔を出し、
姉崎まもりは職員室に用があるとかで
帰るころには、夜の帳は下りていた。
境目の綺麗な半月が宙(そら)をゆっくりと渡っていた。





帰り際に待ち合わせをして、
彼が会うなりバラの花束を彼女に放り投げると、
彼女はひどく驚いた表情をしていた。
たくさんの白いバラの中央に1本だけ深紅のバラの花束。
「ど、どうしたの?これ」
「いらねーんなら、返せ」
「え?…わたしに?」
「テメーに投げて、他の誰宛てだと思ってやがんだ」
頬を赤くして、白い息を吐いて、彼女は笑った。
「ありがとう、ヒル魔くん」
その柔らかさを持つ彼女の笑顔が、ずっと好きだった。






「…ねえ、これって今日のお礼よね?」
帰り道、花束を抱え歩きながら彼女は問うてくる。
彼は返事をしなかった。
お礼ではなかったので肯定の返事はできないし、
否定を返すとまた疑問符を投げかけられる。





彼は真実をバラの花と共に
秘密にしておきたかった。





今日はバレンタインデー。






「チョコを受け取ってくれただけでもうれしいのに、
花束まで貰っちゃうなんて思わなかったわ」
「あの甘ったるいシュークリームのほうが良かったか?」
「何言ってるの。花を貰って喜ばない女の子はあまりいないわよ」
彼女は手作りのチョコをたくさん作ってきて
アメフト部の野郎どもに、それ以外にも友達や教師にと
驚くほど広範囲に配って回っていた。
「だって、最後だもの」と彼女は言うのだ。
確かに。夢を見ているかのように楽しかった高校時代も
もうすぐ終わりを迎えようとしていた。






「…姉崎」
呼んだ名に立ち止まった彼女の赤い唇に
小さなキスを彼は落とした。
花束が地面に落ちる音がする。
見ると彼女は涙を青い瞳に溜めていた。
「ヒル魔くんは、ずるい」
「何がだ」
「言葉はくれずに…いつも触れてばかりで」
「何でも言葉にしねぇとわかんねぇのか」
「わかんないわ。わかんないから訊いてるんじゃないの」
ぼやきつつ、花束を彼女は拾う。
彼は大きな溜息をついて、
無糖のガムをひとつ口に放り込んだ。
「バラの意味も、きっとテメーは知らねぇんだな」
「…何か意味があるの?この花」




目の前の彼女に向かうすべての感情を
彼は秘密にしておきたかった。




「そりゃ秘密だな」
「ずるい!」
彼は彼女の非難の声を無視しながら、再び歩き出した。







アメリカでは、バレンタインデーには日本と違い、
男性が女性に赤いバラを送る習慣があるという。







赤いバラばかりの花束にしなかったのは
彼女には白いバラが似合うから。
何にも染まらない、彼女の持つ純粋さを
表す色はやはり「白」で。
彼が触れてしまったら、せっかくの白い花を
どす黒く染めてしまうかもしれない。
そうずっと思いつつ、それでも、彼女を傍に置きたかった。
彼はこの数年分の自分の気持ちを花束に込めて、
彼女に投げる。







楽しかった時間は、もうすぐ終わる。
最後の最後の瞬間までに、2人の間の
すべての決着をつけてしまわなければならない時が来る。
逃げているわけでもないのだが、
彼は少しでも長くこの穏やかな世界に浸っていたかったのだ。












それまでは、
抱えている彼女への気持ちを
その全部を、バラの下に埋めて。




秘密のままで。














以前ヒルまもアンソロ(オフ)に参加させていただいた作品です。
今回再録となります。




2011/2/14 UP



Back