遠くない未来に
おまえを連れ去って

世界の涯まで
きっと



残すのは
誓いの印










誓いの印












それは体育の日。
泥門高校体育祭の真っ最中のこと。
午前中のラストは全学年選抜による着ぐるみ二人三脚リレーだった。
観客席からパートナーを選び、
用意されている着ぐるみを着てスタート地点に立つ。
二人三脚で走りゴールをめざすという体育祭の目玉競技だ。






ウサギの着ぐるみを着たヒル魔が
校舎の2階、階段の踊り場で花嫁を見つけた。
「何やってんだ、糞マネ。早く行かねぇと間に合わねーぞ」
「ああ…ヒル魔くん」
頭の被り物ははずしているので彼だとわかる。
着ぐるみのはずなのに何故かウエディングドレスを着ていた姉崎まもりは
階段の手すりに掴まったまま動けないでいるようだった。
「怪我したのか?」
「ちょっとひねっただけ。このドレスじゃ階段降りにくくて。
大丈夫みたいだから先に行ってて」
確かにその衣装はドレスの丈が長めで動きにくそうだ。




「お手をどうぞ、花嫁さん」
「は?…な、何?」
「いーから、さっさと手を出しやがれ」
彼女が手を差し出すと、彼はその手首を掴み屈んで自分の首にまわした。
そのまま彼女の膝に腕を入れ、背中にも腕をやって抱き上げる。
ふわり。



ふわりとドレスの裾が揺れる。



踊り場の窓からは、
秋の柔らかな陽光が差し込み二人を照らしている。




「な…なんなのわたし大丈夫歩けるわよ」
突然のお姫様抱っこに彼女の頬は赤く染まっている。
彼のほうはさすが鍛えているだけあって、軽々と彼女を抱えていた。
「ブーケと首の手ェ離すなよ、階段降りっから。糞マネテメー太っただろ」
「ちょっと待ってそれはいつのわたしと比べてるの!」
「このまま新居でも行くか?」
「そそそ…それは何処よっ」
ケケケと彼はうれしそうに笑う。
「お、おろして」
「やだね。おとなしくしてねぇと落とすぞ」
その台詞に静かになった彼女を抱えて
階段をゆっくりと降りていく。
ふわり。



1段降りるごとに。
ヘッドドレスのチュールもふわりと揺れる。








このまま。
この花嫁の格好をした気になる女を
連れ去ってしまったらどうなるだろうと彼は思う。
大きく見開いた目で黙って自分を見つめ続けるこの女を。



この世の柵をすべて断ち切って
世界の涯まで連れ去って。





このまま自分だけのものにしたくて。








階段を降りきると、彼は彼女をゆっくりと降ろした。
「歩けるか?」
「うん大丈夫。ありがとう」
笑顔を見た途端、彼は動けずに目を細めて彼女を只見つめていた。
二人三脚の召集の放送が流れている。
彼女も、彼もまた行かなければならない。
「…どうしたの」
少し首を傾げて彼女は聞く。
彼はその問いには答えず
彼女の持つ薄紅色の唇に触れるだけの口付けをした。





彼は自分の意識に向かって誓う。
口付けは誓いの印。
これからの人生の先に何があろうとも
必ず彼女を連れ去って。






世界の涯まで。
世界の終わりが見える場所まで。














抽象的な箇所はあえて書いてます。

お友達のなんなんさんへ捧ぐ。
なんなんさんのリクエスト
「ヒルまもでお姫様抱っこ」にお応えしました。




2005/12/24 UP



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