彼と彼女 6
『三日月』









心臓をちくちくと突き刺すことができるくらいの
細い月が見たかったので、彼女は教室を飛び出し外に出た。



この都会の空だと二日月はあまりに細すぎて、
夕焼けに微かな光は取り込まれて見ることはできない。
三日月すら、気が付くと西の空、
その地平の涯にすぐに落ちていってしまうのだ。



秋の風は剥き出しの足を掠めて通り抜けて行く。
跳ね上がりそうになるスカートを押さえつつ、駆ける。



見上げるのは空。
まだ夜の帳は下りてしまう前。
探している月は何処にあるの。



求めていた微かな光を視界の端に捉えて、
そこでやっと彼女は安堵する。
新月の期間は長すぎて、
永遠に月を見失ってしまうような不安に襲われる。
月の姿を記憶に焼き付けて、出逢えたうれしさを抱えたまま、
いつのまに傍にいたのだろう、振り向いて、彼に抱きついた。



「テメーは最近変だ」
「自覚はないわ」
彼は悪魔のはずなのにじんわりと温かい。
どれだけ冷たい風が吹いてもこわくない。
「……あってたまるか。帰るぞ」
「ええ?もう?」
「カバンは持ってきた。月を見ながら帰ればいーじゃねぇか」
「うん」
頷いて彼女は歩きだす。
優しく光る月を見上げながら。
その彼女の後を彼はついて歩く。



「糞マネ、そしてテメーは自分のカバンを俺に持たせたままか」
彼の吐き出した言葉は、確かに彼女に聞こえはしたものの、
「もうマネじゃないわ」と軽く返して手ぶらで歩き続ける。
熱い時間は思い出の小箱に仕舞い込まれてしまった。
今はただ、何もかもが穏やかで。





月は、その姿を建物の陰に落とそうとしていた。
細い三日月だった。













2007/11/18 サイトUP




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