彼と彼女 5
『残月』









秋の夜、教室の窓を開けて、
ほわりと浮かぶまんまるな月に彼女が手を伸ばしていた。
まだ夏の名残の重さのある風が教室内に入り込み、
彼の腕をかすめて通り過ぎていく。



「月を」
その3文字を声にして、彼女はそれきり沈黙を引き寄せた。
彼はキーボードを叩く手を止めて彼女を見る。
窓から身を乗り出して、彼女は今にも下界へ落ちてしまいそうだ。
細く白い腕は真っ直ぐに月へ、月へ伸びて。



立ち上がり、彼は窓際に近づいた。
彼女の腕を掴む。
落ちるより、そのまま月に向かって飛んでいってしまいそうだ。
「月を、テメーはどうしたいんだ」
「……ヒル魔くん」
「どうしたいんだ?」
彼は、重ねて問うた。
振り返って彼女は彼を見つめた。
「……月をこの手に抱いて眠りたいわ。でも遠くて掴めないの」
何を言ってるんだろうこの女は、と彼は思う。
「俺は月よりテメーを抱いて眠りたいぞ」
「ちょ、ちょっと……」
掴んだ腕を引き、彼は彼女を抱き寄せた。
月に背を向けさせて。
このまま彼女を何処にも行かせないように。



いつもより眩い光で彼女を誘ったのだろうか。
月を心に残したまま、彼の腕の中に彼女はいる。



それは十五夜の、月だった。













2007/10/18 サイトUP




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