彼と彼女 4
『夏の余韻』









暑い夏だった。
過ぎ去ろうとしている夏を過去の記憶として押し込んでしまうくらいには、
夕闇がとろりと落ちているその世界で、秋を含んだ風が爽やかに吹いていた。



彼女はいつものように教室の窓から空を見ていた。
季節が変わる度に遠くなるのは輝いていた日々。
今では日常となってしまったこの穏やかさに、何故だろう、何処か落ち着かない。



髪を纏め上げてむき出しになっている彼女の項に、
横にいた彼が自分の長い指を滑らせる。
突然で、思わず背筋が伸びた。
彼女は彼を振り返る。彼はじっとこちらを見つめてくる。
「ちょ、ちょっと、ヒル魔くん、何やってんの」
「見てわかんねェのか」
「分かりませんっ」
「触ってる」
「や、だから……」
指は更に動いて、彼女はそのまま言葉を失ってしまった。




驚くほど近くに在った、彼の吐息。
熱が唇に優しく下りる。
上唇を軽く噛まれて、彼女は震えてしまう。
離れた熱を追う事はせずに、彼女は彼を見つめ返した。



「髪が伸びたな」
彼はそれだけ言葉を零した。
遠く感じる眼差しに、彼は今何を見ているのかと思う。
視線は自分に固定されているのに、違うものを見ているようで。
追憶だろうか、と彼女は思った。




「もう夏が終わるな……」
彼女は彼の呟きを黙って聞いていた。
遠い過去になってしまった昨年の夏も秋も、思い出すとうれしくて切ない。
戻らないものはある。
どんなに望んでも、過ぎ去ってしまって戻らないものは。



いつまでも余韻として残る。
そんな夏が2人の間に確かにあったのだ。













2007/9/24 サイトUP




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