彼と彼女 1
『桜散る』









もう終わりなのだと思ったら、哀しくなった。




空の透ける青に重なってさらりさらりと揺れる薄い優しい色が好きだった。
視界を覆い尽くすように散って。
終わりなのだと、その現実をつきつけるように散って、散って。
「ずっと咲いていたらいいのに」
大きな桜木の下で、春の風に髪を揺らしながら彼女は言った。
傍にいた彼には向かわずに、空に桜に言葉を投げるように。




「つまんねぇだろ」
彼は一言で彼女の憂いを切り捨てる。
「年中咲いてたら、有り難味も無くなる。桜を待つ楽しみも無くなるんだぞ」
春が来るのを待って、桜の蕾が膨らむのをその花が咲き誇るのを待ち望む。
四季は巡って、また花の季節がやってくるからこその楽しみがある。
「ヒル魔くんの優しさみたいね」
「ああ?」
「いつも優しかったら、有り難味も無くなりそう。たまにだからいいんだわ」
「…テメーはな…」
投げられる舌打ちの音さえ、優しく聞こえる。




もう終わりなのだと思ったら、哀しくなった。
また巡ってくるのなら、それを待つのも楽しみではあった。



ただ来年も、彼が傍にいればいいのにと彼女は思う。










「春も、もう終わっていくのね」
彼女は再度、空に桜に言葉を投げる。





桜散る、その季節に。








2007/6/2 サイトUP



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