あなたが
うまれて生きて
今わたしの前に
存在していることに



とてもとても
感謝しています










アリガトウゴザイマス

(「オメデトウゴザイマス」続編)











11月24日は姉崎まもりの誕生日。
お誕生日おめでとう。





あのヒル魔から素敵なプレゼントを
部室にてもらった彼女は
早速とばかりにコーヒーを淹れ、
彼はそのままブラックで、
自分は砂糖を1つ、さらさらと。
そして大好きな雁屋のシュークリームにかぶりつく。



ロケットベアーのストラップは
もうとっくに彼女の携帯電話につけられている。



「糞マネ、その甘ったるい匂いやめろ」
「うふふ♪せっかくのいただき物だから」
「幸せそうに食いやがる…」
「ねぇ、ヒル魔くんって誕生日いつなの?」
「……」
「もしもーし?聞こえてますか?」
テーブルの端と端で、今日は少しばかり距離がある。
彼はこちらを見ずにノートパソコンのキーボードを打ちつづけている。





少しの間を置いて、舌打ちの音とともに返事が返ってくる。
「そんなことが気になるのか?」
「…なるわよ。もらいっぱなしじゃ悪いし。お祝いしたいわ」
「甘ったるいバースディケーキなんざごめんだ。プレゼントもいらねぇ」
「無糖ガム1年分とかは?」
「ほおーぉ」
手を止めて、彼はこちらに顔を向けた。
「で、誕生日はいつ?」
「……」
「答えるつもりはないようね」
「ケケケ。ねぇな、確かに」
彼女は大きな大きなため息をつく。
「おめでとうくらいは云いたかったな」
「…テメーからの祝いの言葉ならもらってもいいぞ」
彼はそう云ってコーヒーを一気に飲み干した。
彼女の顔が明るくなる。
「いつなの?」
「今日、だ」
「嘘つきっ、今日はわたしの誕生日じゃないの!」
さすがにそれは彼女にも嘘だとわかった。
ケケケと笑う彼は、すごく楽しそうだ。
「誕生日なんていつでもいいじゃねぇか。
もう11月だぞ、過ぎてたらどうする?来年までなんて待てねぇ。
祝いの言葉は今云いやがれ」





彼女は息を飲み、ついでに少し冷めたコーヒーも飲み…
言葉を自分の中でまとめ始めていた。
「え、えーと…」
「遅ぇ」
「ちょっと待って…。ヒル魔くん」
顔を上げて、彼女はまっすぐに彼を見つめる。
「お誕生日おめでとう」
にっこりと微笑んで彼女は云った。
「アリガトウゴザイマス」
ちょっぴり毒のあるいつもの笑顔で、彼もそう言葉を返す。
今日じゃねぇけどな…と言葉をこぼしつつ笑う。
彼女は続けた。
「あなたがうまれて生きて、今わたしの前に存在していることに
とてもとても感謝しています。ありがとう」





その言葉を聞いて彼はしばらく、らしくなく呆然としていたが
突然ノートパソコンを閉じると丸イスの音をたてて立ち上がり
こちらに近づいてきて、彼女の腕を掴んだ。
そして彼は彼女の額をぺちりと叩いた。
「バカだなテメーは」
「…なっ、何よもう」
額を押さえて彼を見た。
自分を見つめる彼の真剣なまなざしに、彼女は少しだけ怖くなる。
怯えた目のまま顔を伏せた。
そう。
ずっと彼女が抱えてきたのはこの怖さだった。
それを見透かされたのか、腕にかかっていた力は消えて
代わりに、叩かれてちょっとじんとしていた額の手は外され、
そこに…優しく口付けられた。





彼が離れても温もりが残る。その部分だけ。
掴まれたままの手首が熱い。
「ヒル魔…くん…」
そして彼は彼女の目の前でもう1度繰り返した。
「オタンジョウビオメデトウゴザイマス、アネザキサン」





風景の中の木々は色鮮やかにその葉を舞わせ
その色で地を染めていく。
そんな冬待ちの季節。



泥門高校アメフト部の部室に
ヒル魔と姉崎まもりの2人はいて。



お互いがお互いを大切に思っているのに
いつも素直になれないでいた。
けれど今日は彼女の誕生日。
せめて今日くらいは。
感謝を込めておめでとうと云おう。





うまれて生きて、
目の前に存在していることに。
お互いが。














前半3分の2ほど、お風呂の中で一気に浮かんできまして
慌ててあがって「台詞だけでもっ」と書きとめたりして。

…やっとお誕生日におデコにチュウですか。そうですか…(笑)

といっていたのに1年間で、あんなに進展してるとは(笑)
(2006年11月追記)


まもりちゃんが抱えている「怖さ」はこのシリーズの
キーワードのひとつになっています。



2005/11/26 UP


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