そのアルバムは
青春が詰まったデビルバッツの聖地にひっそりとしまわれている








ゆめのあとさき
(2015/11/24 サイト開設10周年&姉崎まもりお誕生日記念SS)







人生の区切り中でも、大きいもののひとつに「卒業」がある。



卒業式の夜の空には、ぽっかりと丸い月が浮かんでいた。
昼間には穏やかな青空を背景にして、泥門高校の卒業式は恙無く執り行われた。
その喧騒を引きずったまま、午後はデビルバッツの皆で騒ぎまくり、
落ち着いた頃に、わたし、姉崎まもりは部室に一人戻ってきた。
夜のしじまの中、
部室の棚にしまわれている1冊のアルバムをカジノテーブルに置き、開く。
お気に入りのシールを貼った表紙を指で撫で、思い出を、また辿る。
「またそれを見てんのか、懲りねェ奴だな」
声はヒル魔くんだ。
風が肌をくすぐって通る。
いつの間にか開いていた部室のドアに、彼は凭れて立っていた。
「……思い出だもの」
「卒業式も終わって、感傷にがっつり浸ってますってか」
「……」
「ケケケ、図星だろ」
「……ヒル魔くんは、何故ここにいるの。用がないなら、もう帰れば?」
ヒル魔くんは顔を顰めている。
「あーのーなー、こんな夜も更けきった時間にテメーを部室に一人残して帰れっか」
「じゃあ終電が無くなったら、戦闘機で送ってね」
「そんな時間までここにいる気か。襲うぞ、糞マネ」
「どうぞ」
糞マネという呼び方に本気ではないのが透けて見えるので、 さらりと流した。
泥門高校でのすべてが、今日の卒業式で終わる。
もちろん3月末まではまだここの生徒だし、
今後も何かとこの部室には顔を出すこともあるだろう。
それでも、区切りとしての今日があった。



卒業式に在校生として参加した、セナは笑顔だった。
「まもり姉ちゃん、卒業おめでとう。今まで、いろいろとありがとう」
歓送の見送りの後、声を掛けられた。
セナが入学した頃の記憶が鮮やかにフラッシュバックする。
アメフトに関わった日々が、目の前の彼をここまで逞しく変貌させたのだ。
泥門デビルバッツのキャプテンとして、 これからも皆を引っ張って行くのだろう。
栗田くんは、式の最初から最後まで泣き通しだった。
またたくさんスイーツを買い込んでのお茶会をしようと、 わたしの前でも泣いていた。
思わずもらい泣きしそうになったわたしの背中を、 武蔵くんが優しく叩く。
「あいつを、ヒル魔を、頼んだぞ」
泥門デビルバッツを創設した3人は、
この泥門高校を卒業して、三人三様の道を進んでいく。
これからは三國志だ、と彼らは言うのだ。
それぞれがそれぞれの場を見つけて、新しい夢を追いかけて生きていく。
だからこそ、高校時代の思い出からは、きっぱりと離れなければならない。



この部室には、たくさんの思い出がつまっていた。
あれは春。
もともとあった部室は、いろんな物が散らかり、
詰め込まれていた小さなものだった。
マネージャーとしてアメフト部に関わることとなり、片付けをして。
片付いた部室で、美味しいコーヒーの淹れ方なんかを試行錯誤してみたり。
いつの間にか部室は新しくなっていて、 その頃の日差しは既に夏の持ち物だった。
太陽の光を受けて鮮やかに咲く向日葵は、 今でも見る度にヒル魔くんの髪に触れたくなる。
優しく光る、星も月も2人が見上げた空には在った。
キーボード上で動く長い指を、 自分のそれと重ねてみたのは秋の初めだっただろうか。
彼の腕の中、練習中に暑さに負けて、倒れたのも覚えている。
勝てない日々があって、雨は泣いているように降って。
本当のセナを見つめることができて、そして。
互いの名をようやく呼び合ったのも秋だった。
想いを告白し、ヒル魔くんが探す月になりたかったのは、あれはもう秋の終わり。
誕生日が来て、いくつもの試合をギリギリで勝ちあがっていって、
ヒル魔くんの腕を落として、それでも這い上がっていって、 夢に近付き、
無理矢理に夢を叶えたのは冬だった。
雪の中の決戦はもちろん一生、忘れられない記憶となっている。
また春が来て、世界に場を広げて、そして。
泥門デビルバッツは次の世代に橋を掛け、わたしたちはまた、今日の卒業の日を区切りとして、
新しい夢を抱えて、この先の人生を歩み始める。

ああ、思い返せばヒル魔くんと過ごした日々の記憶ががたくさんで。
もう少しだけ。 もう少しだけ、揺蕩う記憶に浸っていたかったのだ。
ぱたり、とアルバムを閉じる。 目を閉じて、大きく、大きく息を吐いた。
「姉崎!」
「!!」
ヒル魔くんの声がする方を向くと、彼は自分に向かって手を差し伸べている。
「……来い!一緒に、先へ行くぞ!」
開け放たれたドアの遠く、ヒル魔くんの背後には満月の姿が見える。
わたしは立ち上がり、アルバムを所定の位置に仕舞うと、 鍵を持って、一回り、部室を見渡す。
「さよなら」と、言葉は、震えてはいたが声になって零れた。
楽しい日々をありがとう、と、それは胸がいっぱいで声にならなかった、
気持ちだけは静かに置いていくことにしよう。
ドアのところにいる彼に近付き、その手を取る。
身体を引かれ、唇に触れるだけの小さなキスを落とされて、やがて。
部室のドアは、ゆっくりと閉まった。



「ほら、月が、綺麗」
南の空の高いところ、まあるい月にわたしはヒル魔くんに抱きついたまま、
人差し指と視線を向ける。
「ああ、そうだな。テメーの青い瞳にも、月が居やがる」
なんだか、うれしさがじわりと込み上げて来て、口元を緩ませて笑う。
再度、唇は塞がれる。
月光が世界に降り注ぐ中、抱き締めあって、今度は深い口付けを交わした。









皆で、夢を見ていた。
泥門デビルバッツの皆で抱えていた、クリスマスボウル優勝の夢は叶えた。
けれど、夢には終わりがなくて、わたしたちはまた新しい夢に向かって歩みを進める。

何年経っても、わたしたちの抱えた夢と、
その夢の後先を忘れることはないだろう。

皆で、夢を見ていた。
それに関わる人生はまた、幸せなものだったのだ。






END








まもちゃん、お誕生日おめでとう!



長いシリーズでしたが、10年経って、ようやく完結いたしました。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
卒業式の日の話で、マリアシリーズは終了です。
連載最終回あたりの場面は、シリーズにこそ入ってはいませんが、
テキストのその他「春を待つ風」で書いていますので、
そちらを読んでくださるとうれしいかな、と思います。
この作品が大変お気に入りで、 同じシチュエーションでは書けなかったのです。

メインシリーズが完結いたしましたので、
今後、このサイトは更新停止としたいと思います。
サイト自体はこのまま残します。
本当に、本当にありがとうございました。



月篠あおい





2015/11/24 UP


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