越えて、その先にあるものはなんだろう








夢を越えて








クリスマスボウルで帝黒学園に勝利し、全国制覇するということは、
関東勢にとってはまさに悲願だった。



「泥門に入って みんなと会えて アメフト部に入って 良かった……!!」
そう言って蹲るセナを、ヒル魔は試合直後の喧騒の中で見た。
悲願というよりは、デビルバッツの皆で見た「夢」だったと今更ながらに思う。



ただ、夢は叶っても、その先の人生が誰にでもあった。









世の中はまだクリスマスの色を残している、12月は25日の夜である。
雪はもうあちこちで溶けかけていて白い世界ではなくなっていた。
クリスマスボウルのデータ整理と、まだ公にはなっていないが、
アメリカン・フットボール・ユース、ワールドカップに向けてのデータ収集で、
ヒル魔のノートPCは休む間もなくアメフト部室でフル稼働している。
デビルバッツの皆はそれぞれ帰宅しているが、
まだ一人後片付けに追われている女がここにはいて、
ばたばたとヒル魔の視界を横切っている。



部室中を動き回っていた姉崎まもりは、
カジノテーブルの端に置いてある雁屋のシュークリームにようやく気付いて、
その表情を一瞬で明るくした。
わかりやすい女だ、と思う。
あんまりいい笑顔だったので、ヒル魔はしばらく無言でその顔を見つめていた。
まもりはシュークリームを手に取りつつ、こちらに向かって言った。
「ねえヒル魔くん、どんな顔をしてこのシュークリーム買ったの?」
「ケケケ、何故そう思うんだ?面白ぇこと言うじゃねーか」
甘い菓子を買ってくるのはいつも栗田のはずなのに、何故自分だと。
「あら、栗田くんとは明日お祝いのシュークリームパーティをする予定なのよ。
なのに今日ここにシュークリームがあるのはおかしいわ」
「あんの糞デブっ!よけいなことを!」
「ありがとう。片付けも粗方終わったし、コーヒー淹れるわね」
ますますいい笑顔になってその場を離れると、まもりは熱いコーヒーを淹れて戻ってきた。
「……それは、所謂今後の駄賃だ」
シュークリームを指差しつつ、ヒル魔は言う。
「これが?何の?クリスマスの夜まで働いているわたしを労わって、とかじゃないの?」
駄賃であるシュークリームを早速頬張りつつ、ヒル魔に至極まともな問いを投げてくる。
「今までの働きの駄賃は、テメー、しっかりつまみぐいしただろうが」
「それっていつの話よ!」
「まあ、この先も従順に働いてもらわなくてはならねーからなァ」
確保できる労働力はキープしておくと、建前はそういうことにしておこう。
「この先?……春大会?」
「今度の相手は世界だ」
現在ヒル魔が手に入れているワールドカップの情報から、掻い摘んで簡単に説明していく。



「……というわけで、近いうちにアメリカに行く」
「!!学校は?どうするの?」
「戦闘機だと、日帰りできっからな。年明けの授業はそれでなんとかなるだろ」
「ああ、そう……、戦闘機……。学校で離着陸する前提なのよねそれって。
風紀委員にケンカ売るつもりなの?」
「ケケケ、テメーもいい加減慣れろ」
頭を抱えたまもりに、ヒル魔はそう言葉を投げつけた。
「慣れませんっ!」
同じようなやりとりはこれまでも何度もあり、
明らかに非日常のあれこれが、日常に紛れてだらだらと流れていく。











「ああでも」
大きく息を吐いてまもりは、指を組み腕を天に向けて伸びをした。
砂糖を入れたコーヒーを口に含んで、それからしみじみと言った。
「クリスマスボウルで勝って、全国制覇したのねえ」
「ああ」
ここはヒル魔も素直に肯定をしておいた。
「みんなの、夢が叶ったのね……」
「まだ次があんぞ。ワールドカップは3月だ。テメーの仕事もすぐ増える」
「もう!今日くらいは浸らせてよ」
デビルバッツ創世のメンバー、たった3人の夢が、今では皆の夢となっていた。
高校時代の、それも引退が3年の夏となる泥門高校にとっては、
人生においてたった2度だけのチャンスであったクリスマスボウル。
少しずつ増やした仲間たちと共有した夢は、まさに今回限りだった。
その夢は叶い、叶った夜は静かに更けていく。



クリスマスの夜。
ヒル魔にとってはこの先自分の人生と共にどこまでも連れていく、
そのつもりの聖母だけが目の前にいる。










夢は叶っても、それを越えて、先の人生が誰にでもあるように、
加えてまた次の夢もヒル魔には確かにあった。
泥門を卒業しても、大人になってしまっても、どこにいたとしても何も変わらない。



だからアメフトは面白ぇ、とヒル魔は思うのだ。












まもちゃん、お誕生日おめでとう!

クリスマスボウル、優勝おめでとう!
次は「橋」という話になります。
ぼちぼち終盤です。








2013/11/24 UP


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