ガラス越しのロマンス








ヒル魔くんが酸素カプセルに入るというので、安静にしていて練習にも参加せず、
身体を治すことに専念するのかと一瞬でも思ったわたし、姉崎まもりが馬鹿だった。



栗田くんと一緒に悲鳴を上げてしまったのは、放課後のアメフト部室でのことだった。
まさかセグウェイと組み合わせて、
酸素カプセルごと動いてヒル魔くんが部室に現れるとは誰も夢にも思わない。
しかもその姿で登校してきたというのだ。
きっと賞賛だけではなくいろんな注目の視線を我等デビルバッツは浴びているだろう。
まあ、よく考えればそれはいつものことだった。



ヒル魔くんが言うところの全国制覇の準備は既に始まっていて、
オールスターのコーチ軍団が泥門高校に召集され、
マンツーマンでデビルバッツのメンバーへのコーチが始まって数日が経つ。
ロッカールームに一人残って片付け物をしていたら、
そこにヒル魔くんが現れた。
陽の落ちた夜の空からは冬の冷たい雨が降っている。
練習は終わり、皆はもう帰った後だった。
「例のモンはどうなった?」
「データ整理は終わっているわよ。とりあえずアナログでいいのよね?」
さすがに稼動する頻度が落ちているヒル魔くんのノートPCと、
その横に積み上げている紙の束に目を遣りながらわたしは答える。
「この状態では不便極まりないからな、テメーはデジタル関係役に立たねーし。
1分1秒でも時間が惜しい、効率考えて動くしかねぇ」
酸素カプセルのアクリルガラス越しに投げられた言葉に、
しょうがないとは思いつつも拗ねて見せた。
「どうせパソコンは苦手です!」
「ケケケ、分かってんじゃねーか」
わたしは酸素カプセルの中はどうなってるんだろうと好奇心を抱えつつ、
ヒル魔くんに近付いて、ガラス越しに中を覗き込んだ。
2人の間にあるガラスが邪魔をして、いつもよりヒル魔くんを遠く感じてしまう。
寂しい、なんて思ってしまうのは現在の状況においては我侭なのかもしれない。
「何やってんだ糞マネ」
「誰のことを言っているのかが分かりません!」
「ケケケケケ」
ヒル魔くんはそれはうれしそうに悪魔の笑みを見せている。
頬を膨らませつつも覗き込むのを止めないでいると、ヒル魔くんが小さく声を落とした。
「テメーはマスクの時といい……」
「なあに?」
「いい加減、懲りねぇヤツだ」



突然に入口のガラスは開いて、ヒル魔くんの左腕が伸びてくる。
片腕なのに強く抱き寄せられて、身動きが取れなくなった。
更に重ねられた唇の温かさにわたしは目頭がじわりと熱くなる。
ガラス越しではやはり寂しくて、だからこそ今この時の触れる温もりが愛しかった。
「……1分1秒でも、惜しい時間があるんじゃないの?」
「テメーと触れあう時間はちっとも惜しくねーんだよ」
「ヒル魔、くん」
「そんなに中が気になるんなら一緒に入るか?」
「や、そ、それは無理!」
「なら、テメーはおとなしく完全復活するまで待ってろ。
こんなガラスなんぞいつでも開けてやる」
うれしくて、その言葉だけでもうれしくて、笑みが零れた。







クリスマスボウルで最後なのだ。



ここまで一緒に頑張ってきた皆の、泥門デビルバッツとしての最後の試合を、
ベストな状態で戦えますようにとわたしは祈らずにはいられなかった。
悔いのないように。
どんな結果に終わろうとも、悔いだけは残さないように。





夢の舞台、クリスマスボウルでの帝黒学園との決戦は、
すぐそこに近付いていた。














まもちゃん、お誕生日おめでとう!

また今年もお祝いできてうれしいです。





2011/11/24 UP


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