あなたが切ったのは、切り札
だから私には止められない









切り札








「第3問」と声が、救護室に静かに響いた。
「……?3?問…??」
わたし、姉崎まもりの記憶はまだ、手探りですら探せない。



歓声は更に大きくなって、その音に気を取られていたら、
ヒル魔くんはいつのまにか起き上がり、ベッドに腰を掛けていた。
「テーピングを」と言う彼に、素直に巻こうとしつつもその実動けない。
そんな腕で試合に出るというのか。
「試合になんて」と声を荒げたわたしに向かって降ってきたのは、
ヒル魔くんのやけに落ち着いた声だった。



「骨折ったまま試合続けるアメフトバカがNFLじゃよくいる。
○か×か?」
正解はたぶん○だろうが、簡単にそう答えるわけにはいかない。
肯定してしまったら、右腕の骨にダメージを負ったまま、
試合に出ると言うに決まっているのだ。
わたしの目の前にいる、このアメフトバカは。
「×……」
「ブブー、俺の勝ちだ。約束通り従順に働け」
一瞬呆けた。
約束の在り処を求めて、記憶を瞬時に逆回転させる。
まだクリスマスボウルが遠い夢であったあの頃に。
出逢ったばかりのあの頃まで巻き戻す。
巻き戻して再生させて、瞳が不意に潤んだ。
わたしの目の前には、どうしようもなく大好きな大バカがいる。
「……バカじゃないの、そんな昔のこと……」
瞼の奥がじわりと熱くなる。




あの時、上級問題を2問わたしが答えた後、
あっさりと何もなかったかのように話をはぐらかしたのは、
ラスト1問を封じたカード、それを切り札にしたかったからだろう。
あなたが今出したのは、私にとっての切り札。
切り札を出さなければならないほど、
あなたはギリギリの状態で私に対峙している。
その余裕の無さを愛しく思った。



止められない。
止めたくない。



出された切り札は私の心にカードの形で深く刺さるのだ。
夢が、夢がもう目の前に見えてきている。
夢ではなく、約束だと彼は言うのだ。
たとえここでもうパスを投げられなくても、
あなたはきっと戻っていく。



止められない。
止まってはほしくない。









救護室を出ようとするヒル魔くんを押し留めて、
テーピングを巻くからと再度ベッドに座らせる。
涙は今にも零れ落ちそうで、瞼を閉じることができないでいる。
震える指でそっと、彼の右腕に触れる。
自分の中で湧き上がる思いがある。
頬を零れる滴には構わずに、腕をわたしは静かに摩った。
痛みは過分にあるだろう。
余裕のない表情と未だ止まらず流れ続ける汗は、
通常の彼の持ち物ではない。
ヒル魔くんがわたしの摩る手を取った。
その手の甲は彼の額に当てられる。
「出るしかねえんだ」とただ繰り返す。
確固たる決意も、隠れる焦燥もわたしには見えている。
わたしは何も言葉を返さずに、
彼の額から手を外して、テーピングを巻き直し始めた。








あなたは、戻っていくのだ。
この部屋のドアを出て、皆がいるフィールドへ。


全員で、
クリスマスボウルへの道を進むために。















2010/11/24 UP


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