聞こえてきたのは
歓声









歓声








一通の指示書がある。
ヒル魔くんから出されたその指示書は、
わたし、姉崎まもりの手で一度破られセロハンテープで繋ぎ合わされている。
そして誰の手にも渡らず、わたしの手の中にあった。



ここは救護室で、
目の前のベッドにはヒル魔くんの姿。



右腕を折られ、ヒル魔くんは倒れていた。
この状況で私が誰に対しても、何も言わないでいるのは難しい。
ヒル魔くんについて、
フィールドという場を離れることが一番容易いことだった。
わたしが破り捨てたことで公には姿を消すことになった指示書のことにはもちろん触れず、
更にセナにはなんのアクションも起こさずに、わたしはただヒル魔くんの傍にいる。



何も間違ってはいませんように。
ちゃんと正解でありますように。








確かに消去法でいけば2代目クォーターバックは石丸くんでしかないだろう。
けれどそれでは試合に勝てないことは明白で、この先の道は閉ざされてしまう。
ヒル魔くんは指示書にだだし書きをつけていた。
夢に向かう方法はひとつだけ、この状況で2代目を継ぐべき人間もひとりだけ。
ただし、動くのは彼自身の気持ちを始点としなければならない。
誰かに促されてではなく。
あのセナが、自ら2代目クォーターバックを名乗り出てくれるだろうか。
過ぎる不安に気持ちを絡め取られそうになった、その、すぐ後の瞬間だった。








大きな歓声があがる。



フィールドが共鳴して、
何もかもが震えているようで。





涙が頬を伝っていくのを自覚する。
歓喜の声は心まで届いている。
「わたしはセナに何も言わなかった」
更に続けた。
「これで、いいんだよね。ヒル魔くん」





そしてわたしは気がついたのだ。
掛けられた毛布から見えている細くて、長い指。
ヒル魔くんの指は折々にわたしへの言葉を暗号という形で紡ぐので、
その動きにはいつも注意をしていた。
だが今は、手招きをするように微かに動いて。
言葉じゃない部分の気持ちを感じて、胸がいっぱいになる。



手を伸ばした。
動かすことのできたヒル魔くんの左手の指で、わたしの右手の指は包まれる。
感じる体温と予想外の力強さに、
「正解」という判定をもらったような気がしている。



涙で視界に霧がかかったようになっているけれども、
きっと目の前のヒル魔くんは笑っているのだろう。










歓声は鳴り止まない。




仲間たちはまだ、今この瞬間にもフィールドで戦っている。
クリスマスボウルへの道はまだ閉ざされたわけではない。
夢はまだ潰えてはいないのだ。



















2010/5/30 UP


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