悪魔にだけ
その声が届くように








performance












王城との運命の対戦に勝利し、また更なる高みへと登る。
クリスマスボウルへの出場権をかけて、
泥門デビルバッツは白秋ダイナソーズとの決戦を控えていた。




雲が流れる穏やかに晴れた空を見やり、わたし、姉崎まもりは、
アメフト部室でこっそりと己のしたことの始末をすべく作業中だった。
ここにたどり着くまでの凛と澄んだ肌に触れる風の冷たさに、
今日は何故か心地良ささえ感じてしまうのは、
きっとまだ今日の出来事に火照りを感じているせいだろう。
長く取り過ぎて指にまとわりついている100均のお店で買ったセロハンテープは、
家で使っているのよりは指紋がつきやすいような気がする。
意図して大きめに破いたはずなのに、
その紙の薄さのせいかジグソーパズルのようには上手く再現できなくて、
細切れに貼られたその指示書は復元はしたものの痛々しい有り様であった。




昇降口でらしくもなくヒル魔くんが待ち伏せしていて、
そこで渡されたのは一通の指示書だった。
メンバー交代の指示書。
クオーターバックがケガで退場する確率の高い白秋戦。
だからこの指示書はヒル魔くんが退場する時の指示が書いてある。
「いざとなったらって?」
確認のために、それでも仮定の域を出したくはないので、
その時がどういう状況なのかを問うてみる。
「分かってんなら聞くな」とヒル魔くんは言うけれど。
「やめて、そんな仮定をしないで」
一気にその指示書を破く。
今だけはヒル魔くんの口から出る「糞マネ」の単語もさらりと鼓膜に流していく。
指示書を受け取った時には、
こっそりとわたしとヒル魔くんの様子を窺う面々がいることは分かっていた。
だからこそのパフォーマンス。
ただそこに至るまでの経緯に嘘はなかった。




爪の先に引っ掛かったセロハンテープを見て大きく溜息をついたら、
部室のドアが開いて聞きなれた声が降ってきた。
「最初から破かなきゃいいだけの話じゃねーのか、糞マネ」
仏頂面でわたしは彼を見返す。
指示書を受け取って「はいそうですか」なんて言えるはずもないことは、
ヒル魔くんのほうが百も承知だと思っていた。
アメフトが格闘技でもある限り、『もしも』の可能性は確かにあるのだけれど、
それを前提にしてはしまいたくはない、決して。




ヒル魔くんの存在を無視して、作業の続きに暫し没頭する。
「読んだのか」
大凡の復元が出来た頃に突然に声は背後から降ってきて、
わたしは驚き立ち上がってしまった。
そのまま後ろから腕が伸び肩を抱き寄せられ、
硬直したように体は動かない。
修復に気をとられてヒル魔くんがこちらに来たのには気付かなかった。
「自発的には読んでません、過程で見えては……しまったけど」
「ケケケ、物は言いようだな。捨ててしまうんじゃなかったのか」
「……」
「まあテメーがそれを出来ないって分かってはいたけどな」
「わざわざあんなところで待ち伏せしてまで渡されたもの、
逆に簡単にはいそうですかとは受け取れないわ」
「そんなのは承知の上だ。読んだのなら、
テメーのすべきことはわかってるはずだな」
封筒の中には用紙が2枚入っていて、繋ぎ合わせて見えた文面はあった。




「糞マネ、さっきのをもう一度言ってみろ」
「え?何、を?」
「……」
「ヒル魔くん?」
「……捨てたから、どうだって?」
分かってしまった。
ヒル魔くんでも抱えている不安はやはりあるのだと。
確かに仮定の話をわたし達はしていたのだけれども、
過去のデータを見る限り、事実になってしまう確率はかなり高かった。
神に願うことなんかはしない、
そんな彼でも何処かに救いを求めているのかもしれない。
「ヒル魔くん」
心を込めてわたしは願いの言葉を囁く。
今度は小さな声で、悪魔の投手の心にだけそれが響くように。
「大ケガなんて、しないで。絶対に」




そしてわたしに、この先どのような現実が待ち受けていようとも、
目を逸らさない強さを自分自身がちゃんと持っていますようにと、
ただそれだけを願っていた。













原作は終わってしまったけれども、
マリアシリーズは原作の後追いをしつつ(笑)続いていきます。
お付き合いくださると幸いです。






2009/11/24 UP


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