2人きりの
賭けを、した。










3分22秒

(2007/11/24 サイト開設2周年&姉崎まもりお誕生日記念SS)










神龍寺戦の翌日、泥門高校内で、
たくさんの生徒たちにわたし、姉崎まもりは声を掛けられた。
実際に観戦してくれた同級生や風紀委員の先輩方だけではなく、
教師たちも最近ではかなり好意的にアメフト部を見守ってくれているようだ。




3人で始まった小さなアメフト部。
クリスマスボウルの夢に向かって、少しずつ仲間が増え、
ようやくここまでのチームになった。
セナが入学したこの春からわたしはマネージャーとして関わっているけれども、
個々の意識は最初の頃には比べものにならないくらいに真摯にアメフトに向かっているし、
またここまでそうなるべく誘導してきたヒル魔くんの力もすごいと思う。
「もう大丈夫だ」と、どこかで言ってあげたかった。
でないと平気な振りして無理しちゃうのよね、と、小さく溜息をついた。




昨日の試合の頑張りからなのか、アメフト部の皆の筋肉痛はひどくて、
ヒル魔くんとも話し合って今日の練習はなしになった。
その旨を1年に伝え、ヒル魔くんの元へ戻ると、
自分だけ平気そうな顔をしてキーボードを叩いている。
「そんなに1人で張らなくてもいいのに」
本当は痛いくせに。
確かに喚いても治ることはないって事実ではあるけれども。
いつも彼が1人で張ってしまうのは、
全部自分がデビルバッツを動かしてきたその名残があるからだと思う。
でも、もう少し。
そうもう少しだけでも、今まで一緒に戦ってきた仲間を信頼してほしかった。
信頼していないとは言わないけれど、それでも。
自分の気持ちを素直に言葉にしたら、何だかうるさいと言われてしまった。
「なら、賭けっか?」
「?いや賭けとかは、良くないけど…」
突然の提案に、わたしの頭の中には疑問符が浮かんで消える。
賭けって、……何を賭けようというの?
ヒル魔くんはノートPCを閉じて、立ち上がった。
「ほんとうるせーぞ。テメーも立ちやがれ。部室に移動する」
「ええ?」








栗田くんはおやつの買い出しにちょっと校外ヘ出るというので、
部室にヒル魔くんと2人、移動した。
今日は練習はお休みで、誰も部室にはいなかった。
誰もいないことに、ちょっとだけ寂しさを感じる。
「あいつらが気を抜かないってテメーは思ってんのか、糞マネ」
「もう2人でいるのにその呼びはやめてよ」
「ケケケ、答えになってねーぞ」
「今日練習休みだけど、1年のみんな、きっと後でここに顔は出すと思うわ」
「そう賭けるか?」
「……いいわよ、それで」
2人きりの、賭けだった。
勝ったら何かもらえるのだろうか、
負けたらわたしが何かを差し出すのだろうか。




ヒル魔くんは更に高らかに笑い、
わたしの手首をその長い指で掴んで引っ張ると、そのまま歩き出した。
「ちょ、ちょっと、どこ行くのよ」
部室隣のロッカールームにあるベンチに座らされる。
「……ヒル魔くん?」
離された手に気が付いて見上げると、急に視界に影が差す。
頬に一瞬だけ温かい感触があり、急に膝の上に重みを感じた。
「しばらく膝貸せ」
「えっ?」
軽く頬に触れられただけのキスに戸惑う暇もなく、
現在の状態に思考と視界がぐるぐると回っていた。
ヒル魔くんはベンチに寝そべって、わたしの膝に頭を乗せている。
所謂膝枕の状態である。
「だ、誰か来ちゃったらどうするの。
1年生はまだみたいだけど、栗田くんが戻ってくるかもだし、
鈴音ちゃんももう来る頃じゃない?」
「そんなの知るか。あと、3分22秒。少し黙ってろ」
ちょっと待って!その数字はどこから来たのよ!



腕を組み、目を閉じているヒル魔くん。
静かな時間をあげたくて、わたしはもう何も言わなかった。
わたしの見つめる先に向日葵の花にも似た色をした髪がある。
触ったら……怒られてしまうかな?
つんつんとその髪は立ってはいるけれども、
触れば思ったより柔らかいものだと知っている。



触れて。
指先で触れて、そのまま軽く撫でた。
ヒル魔くんには何の動きも無くて、少し安堵する。






3分22秒。
その数字がどこから来たのかは分からないけれど、
短い時間だからこそ穏やかでいたかった。



いつもいつもこの彼は、悪魔のような顔をして、
何事にも動じないような振りをして。
でも実際は、いろんなものを張り詰めさせて、
人生を生きているような気がしている。




うれしくなってわたしは笑んだ。
もしかしてヒル魔くんは、わたしに甘えてくれているのだろうか。
わたしの傍で安らぎをほんの少しでも得ることが出来るのなら、
それはうれしいことで、わたしもとても幸せだ。



わたしはヒル魔くんが、好きなのだから。
彼がどう思っているのか分からないけれど、
わたしは好きなのだから。












「ほら来た!やっぱり!わたしの勝ちー!」
セナを初め、1年生たちは今日の練習を休みにしたにも関わらず、
部室に顔を出してくれた。
どぶろく先生が自販機から買いすぎたコーラを投げて、
憎まれ口を叩きつつも、その実、ヒル魔くんはうれしそうだった。
賭けには負けたのに、うれしそうだった。



賭けなどといいつつも、本当は賭けになっていなかったのだろう。
彼も信じたかったのかもしれない。
きっと、きっと部室に来てくれると。
1年生たちのアメフトへの情熱がそこまで大きくなっていたのだと。
ただ彼のその信頼を裏切られるのが怖くて、
でもその不安を1人で抱えることはしたくなく、
わたしに賭けの話を持ち出したのではないかと思っている。





本当は悪魔になど成りきれてはいなくて、
温かい血の通う人間であって。



悩みも不安も絶望もきっとあるのだ。
3分22秒の短さだったけれども、
2人で過ごした時間が彼にとって癒しになれていたならばいいと、
わたしはそんなことを思っていた。







戦利品のコーラは飲み慣れないためか、
少し苦い味がした。
















まもちゃん、お誕生日おめでとう!
お誕生日の話自体は、マリアシリーズで既に書いてますので
シリーズを進めてみました。







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