彼が見る世界の中に
どんな形でも存在していたかった。











探される月

(2006/11/24 サイト開設1周年&姉崎まもりお誕生日記念SS)










抽選会も終わり、
全国高校アメフト選手権Bブロックで
泥門デビルバッツの初戦は、大会10連覇へ王手をかけ、
無敗の神と言われている神龍寺ナーガと対戦することになった。





そうと決まれば主務であるわたし、姉崎まもりは
資料集め、ヒル魔くんとのデータ解析や
作戦の打ち合わせに帆走することになる。
抽選が終わったその日からがもう、始まりなのだ。





グラウンド使用許可やその他諸々の手続きを
学校相手に済ませ、校舎を出て部室に向かうときには
もう陽はとっくに落ちてしまっていて
群青色の空の下に、宵の星が出ていた。





部室の前にはヒル魔くんが立っていて、空を見ていた。
訊けば月を探していたという。
月を探しているその理由を、ヒル魔くんは
「テメーのせいだ」とそうひとことで言った。
「…何故わたしのせいなのよ」
確かにわたしは、よく空を見上げているけれど。
月も星もその存在を確認したくて、よく探してはいるけれども。
「テメーに出逢ったのは、運命なのかもしれねぇ」
息が止まりそうになるくらい、心に刺さる言葉を投げかけられた。
その時は軽くはぐらかしてしまったのだけど。





ヒル魔くんに探される月を、少しだけ羨ましく思った。





さすがに冷えてきたので、ヒル魔くんを促し部室に入る。
すぐに熱いコーヒーを淹れた。
ヒル魔くんにブラックでひとつ。わたしはお砂糖入りで、ひとつ。
部室のテーブルに向かい合って座る。
負担にならないくらいにお互いの間に漂う沈黙は、
いつも妙に心地良かった。
ヒル魔くんのキーボードを叩く音だけが部室には響いている。





ようやく超人たちの祭典の舞台、関東大会まできた。
初戦の相手はわたしが知る限り、ヒル魔くんだけではなく
栗田くんも武蔵くんにとっても特別であるらしい神龍寺ナーガ。





「ヒル魔くん、ひとつ訊いていい?」
答えは期待せずに、それでも訊いてみる。
「ダメだと言ってもテメーは訊いてくるだろ」
さすがに今日昨日の付き合いではない。
お互いのパターンは決まっているようなものだった。
「神龍寺は…ヒル魔くんたちにとってなんだったの」
キーボードを叩く指の音がとまる。その音も、心地良いのに。
こちらをヒル魔くんが見ている。交差する視線。
「糞ジジイになんかきいたのか」
「武蔵くんからは何にもきいてないわよ」
「じゃ、糞デブか」
「…鋭いわね」
抽選会の後に、栗田くんが弱気になって呟いた一言が
気になっていたのは確かだった。




ヒル魔くんは立ち上がって、こちらに近づいてくる。
視線は逸らさないで、そのまま。
「なんでそんなに知りたがるんだ」と、目の前でそう問うた。
「あら、好きな人のことは、知りたいって思うもの。だからよ」
軽く笑いながら、あっさりと告白してしまったわたしを見て
ヒル魔くんは呆けたような表情でいた。
あの時の、そう、武蔵くんがフィールドへ帰って来た時の
その表情にどこか似ていた。
悪魔が本当は人間だったのだとわかる。
その瞬間に、好きだな、と思う。
「何呆けてるのよ。笑ってくれたってかまわないわよ。
ヒル魔くんの気持ちはわからないけど受け止めてくれれば
……それだけでいいから」
本当に、それだけでいいのかという、自分の中の声は聞かないようにして。
わたしは立ち上がる。
「大事な試合を控えてるのに、こんなこと言っちゃってごめんなさい。
…好きよ、ヒル魔くん」
指が、近づいた。





大好きな長い指がわたしの顎を包むようにかけられて
それを合図に静かに瞼を閉じた。
その瞼に温もりが触れて、ゆっくりと降りていく。
スローモーションで啄ばむように
触れながら降りていくその唇の感触が
優しくて優しくて泣いてしまいそうだった。
もしも出逢ったのが運命だというのなら
わたしのヒル魔くんに対するこの気持ちも
存在している価値があるのだろう。





怖さだけはずっと変わらず抱えたままで。
でも嫌われてはいないのだと、
それだけは信じたい。





好きで。
好きで。
人を好きになるのはこんなにも怖くて、
でもやっぱり大好きで。





淡く光る月になりたかった。
夜の世界に在って、
ヒル魔くんに探される月に。




彼が見る世界の中に
どんな形でも存在していたかった。









強く抱き締められながら、唇は深く合わさって
感じた熱に涙だけが溢れて止まらなかった。
「ここでテメーに出逢ったのが、運命だ」
耳元で囁かれるその言葉は、わたしの心をただ熱くしていく。
「…俺たちは、本当は神龍寺ナーガの一員になるはずだった」
わたしを抱き締めたまま、ヒル魔くんは話し始めた。
ただ黙って、彼が話す言葉をすべて逃さないように受け止めて。








もしも出逢ったのが運命だというのなら
ヒル魔くんが探す月のような存在になりたかった。






探す月は、頭上には見つからなくても
ヒル魔くんを替わりにやさしく照らして、
そこに在りたかったのだ。


















サイト開設1周年記念SS。
「探す月」とセットになっているSSです。






2006/11/24 UP


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