手を引いたら
一緒に堕ちてくれるのか



マリアのままで


















触れて、
唇の柔らかさと温もりだけを感じて
すぐに離した。
まもりを怖がらせるより、ほんとうは優しくしたかったのだ。
なかなか自分の思うとおりに自分が動かない。
ヒル魔にとってこんなことは初めてだった。
どうしちまったんだろう、と思う。
やはり涙が、何かの枷をはずしてしまったんだろうか。





掴んでいた手を離しても、もうまもりは逃げなかった。
俯いたままのまもりの顎に手をかけて、上を向かせる。
顔が見たかった。





涙はまもりの大きな瞳からぼろぼろと零れ落ちていた。
触れたばかりの唇は微かに動いて、何かの言葉を紡いでいる。
ヒル魔くん
声にはならなかった。
だが、ヒル魔には分かってしまった。
自分の名まえが息だけで紡がれる。
ぞくりとした感覚が、背筋を伝って這い上がる。
「ヒル魔く、ん」
今度は小さく音になった。
愛しくて愛しくてたまらなくなって、
ヒル魔は顔を近づけ、
2人の唇と唇との間の数センチの距離だけ届くように
自分もまた小さい小さい音で名を呼んだ。





「姉崎」
「…ヒル魔、くん」
「姉崎」





呼び合う。






お互いの存在を確かめるように
ただ、呼び合う。
















その音も言葉をも吸い取るように、
ヒル魔は再び口付けた。
震えているまもりを、優しく優しく抱き締めて
触れるだけのキスを。
惚れている女のその柔らかく甘い感触だけを
今は楽しんで。





焦らない。
今はまだ、それだけで。





お互い、一度も自分の気持ちを
言葉にしてはいなかった。
ヒル魔も、せめてこの冬が終わってしまうまでは
ずっと描いていた夢を形にしてしまうまでは
動かないと決めていたのだ。









それでも衝動に突き動かされて
こうやって触れ合って
名まえを呼び合って。








そしてようやく、
この熱に浮かされたような1日が終わるのだ。








明日からはまた、皆が一丸となって走り出す。
夢に向かうために。
クリスマスボウルを目指すために。







だが今日だけは、
夢が未来に向かって繋がったその喜びを抱えて。
目の前にいる、この愛しい女の存在を感じながら
明日へと向かう、夜の時間は過ぎていく。











ヒル魔は決めていた。





この先、何があっても
まもりを自分の人生と共に
何処までも連れて行くのだと。





悪魔の腕で、この女のすべてを絡めとって
例え行き先が地獄でも。
その聖母の笑顔はそのままで
連れて行く。





名を呼び合いながら
地の底へ、堕ちていっても。








「姉崎」
もう一度、呼びかける。
まだいくつもの涙の筋を落としながら
嗚咽に体震わせながら、それでも言葉を返してくる。
「ヒル魔くんは…ずるい…」
「あねざき」
「…ヒル魔、くん」
自分の名を甘い声が紡いだ。

















呼び合う。




2人抱き合いながら。
この世界で。










夢の行方を
明日にまた、繋ぎながら。
























夢は、クリスマスボウル。
その夢を、ただ見つめて。





2006/6/23 UP


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