箱の中の
そのすべてのものが


わたしの持っているもの








パンドラ












盤戸戦を明日に控えていた。
負けたら終わり、けれど勝ったら先へ進める
大事な大事な試合だった。








「みんなお疲れさま、ドリンクどうぞ!」
休憩時間にスポーツドリンクを、
わたし、姉崎まもりがみんなに配っていると、
ヒル魔くんが声をかけてきた。
「糞マネ」
「…誰かが誰かを呼んでるような気がするんだけど」
「テメーだテメー、他に糞マネがいるか?」
ヒル魔くんのその物言いに
ちょっと膨れてみせて、俯いた。







『糞マネ』って呼ばれるのが嫌だって、
名まえで呼んでよって、ちゃんと言ったのにな。
まあ聞き入れてもらえるとは思ってなかったけど。
自分ではそのことを納得しているはずなのに
発音するのさえ恥ずかしいその単語が
わたしの心の何処かに傷を作る。





今更。





そう、今更、傷になる。





その傷からじくじくしたものが流れ出て
持ってる気持ちを変色させていく。










別にヒル魔くんの何が変わったと言うわけではなく
わたしの心が恋をしただけ。





ただそれだけなのに
世界は変わる。





見えるものも、聞こえてくるものも
そのすべてが自覚してしまった恋によって変わっていく。










開けてはいけないパンドラの箱が
わたしの心にもあったのかもしれない。
大好きな甘いお菓子なんて入ってない。
持て余しそうな、今まで経験したことがない
様々な感情で溢れかえっているだろう小さな箱。





パンドラのように、好奇心で開けたわけではないけれど
いつの間にか箱は存在していて
そしてわたしは
その恋の箱を開けてしまっていたようだ。





流れ出す感情は
わたしが持っているもの。
流れ流れてわたしの気持ちとなって溶けていく。





絶望だけはその箱から出さないで
すぐに蓋をして、閉じ込めて。
だから希望だけは失くさないでいて。





小さな、小さな希望。








わたしのこと
好きになってくれないかなぁ?



そんな簡単に掴まる人じゃないって
分かってはいるのだけれど。
















おでこを指で突かれて、わたしは慌てて顔を上げる。
ちょっと痛いその感触さえ、わたしの鼓動を跳ねさせる。
「後で、明日の打ち合わせな。忘れんじゃねーぞ」
「…分かったわ」
にっこりと笑って答えた。
まだ最低でも明日までは、一緒に戦うことができる。





泥門デビルバッツの仲間として。





今はあまりいろいろと考えないで
まずは明日の試合だけをちゃんと見つめて。
1日1日を大事にしていかなくちゃ。





そうだ。
いよいよ明日なのだ。
わたしは唇を引き結んで、暮れかけた空を見上げていた。
























その時のわたしは、盤戸戦当日である明日が
一生忘れることのできない日になってしまうのだとは
思ってもみなかったのだ。





















絶望は仕舞いこんだまま、
開けられることのないパンドラの箱。
だからこその希望がある。





2006/5/20 UP


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