並んだ二つの傘からは
雨の音がしていた









雨の音











西部戦の後、部室に戻り、そしてその日の帰り道。
ヒル魔くんはわたし、姉崎まもりを家まで送ってくれると言った。
お互いにほとんど言葉を交わすこともなく、
雨の音。
二人は傘に当たる雨の音を聞きながら歩く。
ぱらりぱらりと音がする。
もう雨足は大分弱まっていて、この分なら夜中には止みそうだ。






雨の音は、そのまんま雨自体が生み出す音以外に
降ってくるその粒が触れて出す音も混じっている。






もしも心に雨が落ちたならどんな音がするだろうか。



他に考えることもたくさんあるはずなのに
わたしの心は雨に囚われて、
しばらくは他に意識を向けられなかった。





もしも心に雨が落ちたなら…
それは涙に変わるのだろうか。
そんなことも考えていた。
答えなんかいくら考えても、出ないだろうけど。






ちらと横にいるヒル魔くんに視線を移す。
彼も黙ったままだった。
見つめて見つめて、再確認する。



ヒル魔くんが好きだ。
わたしは彼が、
きっとずっと好きだったのだ。



もしかするともうその辺は
すっかり彼にはお見通しなのかもしれなくて。
そのことを思うと、すごく照れくさくてどきどきするのだけど。
とりあえずはからかわれることも、否定されることもないようで
そのことだけは安堵している。



でも。
片恋はやっぱり辛いなあ…と、ちくと胸が痛んだりして。
遅すぎる初恋なのだからしょうがないのかな、と思ったりして。



彼はきっとクリスマスボウルを目標に
アメフトのことだけを考えてるに違いない。
そんなヒル魔くんの邪魔だけはしたくないのだ。
負担にだけはなりたくないのだ。









家が近づく。
「送ってくれてありがとう、ここでいいわ。また明日」
笑顔で彼と向き合う。
「傘は明日返す」
「うん」
「…糞マネ」
「あ、それ!」
わたしは思わず声をあげ、彼の言葉を遮っていた。
「あぁ?」
訝しげな顔をしてヒル魔くんがわたしを見ている。
「二人でいるときはそう呼ばないで。…名まえで呼んでよ」
どう思われるのかは分からないけれど、
こんなことを言ったって、たぶんヒル魔くんがわたしのことを
『糞マネ』と呼ぶのは止めないとは思うのだけど、
でもきちんと1度は、ちゃんと言いたいことは言わないと
わたしは彼との関係を見失ってしまうような気がしていた。



頬に熱を感じながら、それを悟られないように俯く。
ヒル魔くんのケケケという笑い声が目の前でした。
肯定も否定もしないまま、
「じゃあな」という言葉だけを投げかけて
彼はわたしの前から去っていった。




わたしは彼の姿が見えなくなるまで
ずっとその場所に立ち尽くしていた。



雨の音はもう
傘1つ分しかしていなかった。
















わたしの心にもしも雨が落ちたなら
その音も液体も染みていって
少しずつ染みていって…



たぶん涙にはならないだろう






染みて、そして乾いて
その雨は
わたしの心の一部になるのだ



きっとそうなのだ










ぱらりぱらり。
雨の音。



ぱらりぱらり。














雨をテーマに書いた話は
これで一区切りです。




2006/4/19 UP


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