どうしよう、と思う


思っても
何も生み出すものがなくて


答えは出なくて
言葉はなくて


















空だけが、泣いていた。




わたしたちは泣けなかった。






雨音は断続的に続いている。
発すべき言葉はすべて飲み込んで
触れ合っているその部分の温かさだけを
しばらく感じていた。



「…ひるま、くん」
息苦しさは続いていて、耐えられず名まえを呼ぶ。
すると力は少し緩められた。
「嫌だったら、逃げてもいーんだぞ」
彼はそんなことを言う。






   にげる?



       何処から?





ヒル魔くんから?





わたしは何かから逃げていたのだろうか。







息をついた。
緩められた腕の力に安堵しながら、
わたしは目を開けて、そして閉じた。
掴まれたままの手じゃないほうの指先で、
ヒル魔くんの腕に触れる。



震えているのが自分なのか
それとも彼なのかはわからなかった。
涙として、外に出る術を失った思いは
このまま意識の底に沈んでしまうのだろうか。
今まで。
今までいくつもの思いを
彼は隠して、計り知れないほど深い闇に
沈めてきたのだろうか。



考えると切なかった。
切なくてたまらなかった。



わたしが代わりに泣ければ
それでも良かったのかもしれない。
けれどそんなこと、彼はきっと望んではいなかったし
わたしもたぶん泣けなかった。



まだ望みがすべて絶たれた訳ではないのだから。
1週間後の3位決定戦に、盤戸スパイダーズに勝利すれば
「超人達の闘技場」である関東大会に進むことができる。
クリスマスボウルに近付くことができる。



まだ泣くのにはきっと早い。
今日は空が
わたしたちの代わりに泣いてくれているけれども。



10月の秋空には雨の風景も似合う。
雨の色は憂いを帯びた空の色に溶け込んで
音だけが鼓膜を直に刺激してくる。








額に何かが触れた。



すぐにそれがヒル魔くんの持ち物である
長い指だと分かった。
掴んでいた手は離されて、わたしの額にに触れている。
わたしの体は彼の片手だけで
優しくまだ抱きとめられていた。



そのまま指は頬の近くに移動して
首を伝い、うなじに触れて。
わたしの髪をさらりとすいていった。



目を開けることが出来なかった。
わたしの頬は赤いだろう。



「逃げねぇのか」



彼の問いに、わたしは答えなかった。
怖かった。
「逃げない」といえばそこで
きっと何かが始まってしまう。
それが怖くてたまらなかった。



でも抱き締められたこの感覚を
決して失いたくはなくて
黙ったままでいた。
それ以上は彼も何も言わなかった。
この自分が持つ傲慢さは
ばれてしまっているのかもしれない。
そう思うと余計に胸が震えた。




この震えは、
心の震えはほんとうに
怖さから来るものなのか。



それとも
わたしは震えるほどに
彼を求めているのだろうか。











          どうしよう。





  どうしようと、思う。











         雨音だけが響いている。













           わかってしまった。







       わたし。






























彼が好きだ。










                 どうしよう。

















ヒル魔くん視点の
『雨が降るように』に続きます。





2006/3/24 UP



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