そして
動き出す








動き出した時間











西部ワイルドガンマンズ戦
泥門デビルバッツ、前半残り1秒。
最後のタイムアウト。
そしてその前半最後の1プレイ、選択肢はキックのみ。
「どうするんだよ、泥門」と
誰もが思っているに違いないそんな場面で。





わたし、姉崎まもりは
知らず知らずのうちに彼、
ヒル魔くんの表情を追っていて。



その時初めて見せた彼の表情に
心臓を鷲掴みにされるくらいの衝撃を感じた。



一瞬だけの彼の表情に。



動かない彼の、その視線を追う。
誰か、こちらに近づいてくる。





彼の時間は
止まっていたのだろうか。
心の一部を置いてきたままで
それが再び動き出したのだろうか。
「武蔵くん…」
ずっと待ち続けた人が帰ってきた。





彼にとっての
泥門デビルバッツの全員がここに揃ったのだ。














どきどきする。
どきどきする。



心臓は体の真ん中により大きく感じられて
その鼓動が器官のあちこちで反響して
ビデオを扱う指が上手く動かない。
ナレーションを震えを隠した声でそれでも入れる。





あの表情が
脳裏から離れてくれない。



目の前で試合は続いているのに
初めて見る武蔵くんのキックしたボールが
大空に向かって飛んでいるのに。



彼の表情はずっとずっと
わたしの意識を侵食して、
フラッシュバックが何度も
わたしの意識を侵食し続けて。






どうしたんだろう。
どうしたんだろう、わたし。



初めての感情に
戸惑いよりも怖さが先に来た。



怖くて怖くて仕方がなかった。



武蔵くんが帰ってきたうれしさの中に
その怖さはじわりと沈んでいって
だんだんと見えなくなっていったのだけど。












「お帰りなさい」
ハーフタイムに武蔵くんに声をかける。
「姉崎…待たせたな」
にこりと笑顔で言われ、わたしも笑顔を返す。
「…ありがとう」
それ以上は言葉にならなかった。
待っていたのはもちろんわたしだけではなくて。



本当に待っていたのは
待ち焦がれていたのは
うれしそうなその感情が素振りに出ている彼で
楽しそうに後半の作戦を練っている彼で、
彼がいう1万3千297時間と49分の間
ずっと待ち続けて。



必ず帰ってくると信じてはいたものの
時間切れの怖さといつも戦いつつ
彼は自らを鍛え、仲間を集めてここまで来たのだ。



あの表情が
脳裏から離れてくれない。
試合中だということも忘れ
まったくの素の彼に戻ったようなそんな表情が
焼きついて離れないのだ。



それほどまでに
彼は待っていたのか。






ほんとうにうれしそうに
ライフル銃をくるくると回転させ
撃ち続けている彼を止めようと
わたしは近寄った。



後ろからライフル銃をぎゅうと掴んで
動かなくする。
「ヒル魔くんっ」
ケケケと楽しそうに悪魔が笑った。
「連中、大会のしくみにはまだ何にも気づいてねぇからな。
喋んじゃねぇぞ、糞マネ」
痛さは見ないふりして返事をする。
「ちゃんと分かってるわ。…だから勝って」
「たりめーだ」






西部戦での勝率を
ほぼ0%とはじき出したのは彼自身。
でも今は時間が動いて武蔵くんが戻ってきた。
キッカーはブランクがあっても
その技術や才能が衰えることは少ないらしい。
彼の中で、勝率は如何ほどに動いているのだろうか。





どうか勝てますように。
先へ進むために。
夢に向かって進むために。










どうかどうか。





勝てますように。















動き出しました。
『10月の雨色』に続きます。





2006/3/11 UP



Back