おやすみなさい
また明日










また明日
(『保健室で』続編)










もう季節は秋のはずなのに
夜になってもまだ気温は高かった。
夏がいつまでも居残りつづけて
季節の感覚がかなり希薄になっていた。





わたし、姉崎まもりが練習中にめまいを覚えて倒れたのは
今日の午後のこと。
保健室で休んだ後、武蔵くんにわざわざ家まで送ってもらった。
自分への不甲斐なさと、忙しい人の時間を使ってしまった後悔とで
ため息ばかりが出てしまう。





ヒル魔くんにも、今はわたしのことなんて構っていられる
余裕なんかないのに…と少しばかり自己嫌悪。
大好きなロケットベアーのぬいぐるみを抱きしめても
なかなか落ち着かない。
今日ちゃんと眠れるだろうかと不安になった。









玄関のベルが鳴る。





こんな時間にお客さん?と思っていたら
「瀬那くんよ〜」とお母さんの声。



え?セナ??



慌ててわたしは玄関へと向かう。
心配して来てくれたのかな?
だとしたら、うれしいな。












玄関には、セナが雁屋の紙箱を抱えて立っていた。
たぶん大好きな雁屋のシュークリームだ。
「まもり姉ちゃん…大丈夫?これ、みんなからお見舞い」
「うわあ…ありがとう。心配かけてごめんね。
もうわたし大丈夫だから、明日もちゃんと学校に行くわ」
「うん、元気そうで安心したよ」
セナは笑顔でそう言った。
はい、と紙箱を渡される。
うれしくて顔が綻んでしまう。
「セナももう遅いんだから、気をつけて帰るのよ。
来てくれて本当にありがとう」
「う、うん…僕は帰るから。また明日ね、まもり姉ちゃん」
「おやすみなさい」
「おやすみ…で、後はよろしく」
「……は?」
セナは振り向いて玄関のドアに向かうと、そのドアを開けて
「ヒル魔さん」と呼んだ。





開け放たれたドアの向こうに、
しかめっ面のヒル魔くんがいる。
「この糞チビ!俺のことはいいっていっただろーが!」
夜遅くに他人の家だということもあったのか、
銃も乱射せず珍しく小さめの声でそういった。





呆然としていると、セナはにっこりと笑顔で
その場を離れていく。
「セ、セナ!」
「また明日」
手を振りながら玄関から出て、ヒル魔くんの横をすり抜けた。
「おいこらまて!」
「ヒル魔くん待ってっ」
わたしの声にヒル魔くんは舌打ちする。
慌てて紙箱を置き、三和土に降りて、そのまま玄関の外にでた。




家から離れようとしていたヒル魔くんの腕を掴む。
一瞬。
見つめ合った。
「…ありがとう」
はぁ、と息を吐く。
どうしても言いたかった。だから、だから。
「糞マネ」
突然の頬の冷たい感触に一歩後退る。
視線をずらすとそれはスポーツドリンクのペットボトルだった。
「ちゃんとテメーも水分取れ。症状ひどかったらヤバかったんだぞ。
あんま心配かけんな」
頷いて、ペットボトルを受け取る。
「ヒル魔くんも、…休んでね」
「……」
「おやすみなさい。また明日」
「また、な」
くしゃりとわたしの髪を撫でて、ヒル魔くんはそのまま
1度も振り向くことはなく、わたしの前から去っていった。
わたしはそのまま、しばらくそこに立ち尽くしていた。





わざわざここまで来てくれたというその事実が
とてもとてもうれしかった。
「ありがとう」と相手のいない呟きを漏らす。
ペットボトルを開け、スポーツドリンクを一口流し込む。
微かな甘さが身体に染みとおるような気がする。



睡魔が意識を掠めて通り過ぎる。
よく眠れるような…
そんな気がしていた。















ムサシと並んでメインキャストの一人である
セナくんがここでやっと登場です。





2006/1/14 UP





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