探しているのは
…温もり

指だけが彷徨って
やっとのことで捕まえて










保健室で 2













湿気をひどく不快に感じていた日だった。





夏と秋との境目で
まだまだ日差しも強く、気温も高め。
秋大会の最中でデビルバッツの練習にも熱が入っていく。
時間は少しでも惜しい。



わたし、姉崎まもりは彼らにスポーツドリンクを準備しに
部室に戻ろうとして、めまいを覚えた。
身体から力が抜けていって
見えているはずの景色がゆらりと揺れてゆがんでいく。
そういえば先ほどから呼吸が追いつかないくらい苦しくて。
この残暑のせいだと思っていたのだけれど。





「まもり姉ちゃん!」
「まもりさんっ」
セナの声が聞こえる。
ああ、セナ、どうしたの?
何かあったの?



自分が倒れたことに気がついたのはその直後だった。
目の前が闇に覆われていくようで、すごく怖い。
唇が痺れていく。





「糞ガキ共は練習に戻れ」
「え…でもヒル魔さん」
「ヒル魔先輩っ」
「さっさと戻れっつってんだよ。
俺が保健室まで連れてくから心配すんなって、
グラウンドの向こうでうろたえてるあの糞デブにも言っとけ!」
ヒル魔くんの声が聞こえる。
どうしよう。
どうしよう。
迷惑…かけたくない。
わたし…大丈夫、ちょっと休めば…。





力を振り絞って目を開けると、ヒル魔くんの顔が近くにある。
「…ヒル魔…くん」
「喋んな、糞マネ」
「大丈夫、だから…」
「大丈夫じゃねぇ」
浮遊感を感じる。ヒル魔くんに抱えあげられている。
どうしよう。
でも動けない。
「迷惑…かけたく、ない」
掠れる声でそう言った。





「無理すんな。倒れてろ」
彼らしくない穏やかな声が降ってきて
わたしはその心地よさに力が抜けて
意識はそのままフェードアウトしていった。

















寂しさを感じていた指先に
あたたかい温もり



からだも
こころも
温かくなる







陽は落ちかけていて、保健室の窓の外
空が朱色に染まっている。
ベッドの上で膝を抱えて
わたしは世界の暮れ行くさまをただ見つめていた。
身体も大分楽にはなったが、
練習に戻るとヒル魔くんが嫌がりそうで
かといってこのまま下校もしたくなくて
この場所から動けないでいた。





ドアの開く音がして振り向くと
武蔵くんがいた。
ベッド横のカーテンを少しめくって顔を出している。
「おう。倒れたんだってな」
「武蔵くん」
「大丈夫か?」
「…ヒル魔くんに何か言われてきたの?」
武蔵くんは笑う。
「お見通しだな。…横、いいか?」
頷くと彼はカーテンの内側に入ってきて
ベッドの横にあった椅子に腰をかける。
「請求書を渡しに事務室に寄ったんだが、その後あいつに会ってな。
…目を覚ますなり、ここから追い出したのか?」
「怒ってた?ヒル魔くん」
「機嫌がいいようには見えなかったな」
「負担になりたくなかったの」
「……」
「今少しでも時間が惜しい時期なのに…迷惑かけられないわ」
「姉崎…」
「わたし」
「ん…なんだ」
「ただでさえヒル魔くんは、わたしの目から見ても
いつもいつもいろんなことを一人で抱えていそうなのに
彼の負担を少しでも減らしたいなと思っているのに、上手くいかなくて」
俯いたまま、ぼそりとそう言葉を出した。
他の誰にもこんなこと何故だろう言えなくて。
愚痴なんか零したくはないのに。
でもやはり誰かに聞いてほしくて。





武蔵くんはわたしの頭を軽くぽんぽんと叩いた。
「ヒル魔を見ててやってくれ」
「武蔵くん…」
顔を上げるとやはり武蔵くんは笑顔だった。
「姉崎がそう思っていることに救われている部分が
あいつにはあると思う」
この人もいろいろと抱えているものは大きいはずなのに
それでもこうしてわたしの傷を塞ごうとしてくれる。
「…ありがとう」
笑顔でわたしもそう言った。



「ところで…あいつから伝言があるんだが」
「え?」
「『ボディガードをつけてやるから、さっさと今日は帰りやがれ』…だと。
荷物も預かってきてるぞ」
「ボディガードって…武蔵くん?いいの?」
「あのバカヤローは人使いが荒すぎる」
2人見つめあって、吹き出した。
「…帰るか?」
「うんありがとう、帰るわ」










グラウンドで汗を流す仲間たちと
わたしのことを精一杯に気遣ってくれた
彼のことを思いながら
武蔵くんと保健室を出る。



窓の外では空が先程より一層朱の色に染まっていた。
その空はもうどこか秋の色をしていた。












『保健室で 1』続編です。
まもりちゃんが目を覚ましたあと
ヒル魔くんは「たまんねぇ」思いを
したのではないかと思われます(笑)






2006/1/7 UP




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