心も
こんな風に
捕まえることが
できたなら










保健室で 1













暦の上ではそろそろ秋だったが
まだまだ日差しに夏の色が残っている。
日中の気温もまだまだ高い。
どこまでが夏でどこからが秋で
そんなことはよく分からないままで
秋大会は始まっちまった。





俺、ヒル魔やそのほかの2年生メンバーにとっては
クリスマスボウルへ続く最後の秋大会で
泥門デビルバッツの厳しい練習は連日続いている。



そんな中、練習中に糞マネが倒れた。



「まもり姉ちゃん!」
「まもりさんっ」
グラウンドの隅のほうで糞ガキたちの声が響く。
俺も抱えていたバズーカを放り出し、声のする方へ向かった。





その場に寝かされている女の青白い顔と多すぎる発汗に舌打ちをする。
sun stroke(日射病)やhest syncope(熱失神)ならまだいいが
heat exhaustion(熱疲労)だと、ちょいと厄介だな。
とにかく涼しい場所に移動させないと…。
「糞ガキ共は練習に戻れ」
「え…でもヒル魔さん」
「ヒル魔先輩っ」
「さっさと戻れっつってんだよ。
俺が保健室まで連れてくから心配すんなって、
グラウンドの向こうでうろたえてるあの糞デブにも言っとけ!」





俺の怒鳴り声に女は微かに目を開けた。
「…ヒル魔…くん」
「喋んな、糞マネ」
「大丈夫、だから…」
「大丈夫じゃねぇ」
膝の裏と背中に腕をまわし、抱え上げた。
「迷惑…かけたく、ない」
掠れる声でまぶたを震わしながらそんなことを言う。
じりじりと胸の焦がれる音が自分の内から聞こえてくるようだ。
「無理すんな。倒れてろ」
そう言うとこの気丈な女は
やっと俺の腕の中で力を抜き、そのまま意識を手放した。















泥門高校の養護教諭は物分りのいい奴で
校内研修で自分が不在になるので
その間使っていいと保健室の鍵を預かった。



ベッドに寝かせようとすると意識が戻ったのか
うっすらと目を開けた。
スポーツドリンクを飲ませて「寝てろ」と言葉を投げつける。
女はそのまま何にも言わず、眠りへと誘われたのかまた目を閉じた。
早かった脈も落ち着いてきている。体温も思ったより高くなさそうだ。
安堵の息を吐く。
汗を拭いてやり空調の調節をして、椅子を持ってきて傍らに座る。
胸の痛みをまだ抱えたまま、俺は女の寝顔を見つめていた。






眠ってくれてよかったと思う。
下手に喋れて、早く練習に戻れだのもう大丈夫だの言われたらたまんねぇ。
確かに俺にとってアメフトは特別だが、
惚れた女がぶっ倒れてんのに放ったままで
この場を離れることなんかできねぇぞ。
わかってんのかな、この女は。
テメーの存在がどれだけ俺の人生に光を当ててんのか。
いろいろと昔から抱えてるもんは多くて、それでも、
アメフトがあって、あいつらがいて…。





そして、ここにいるこの女。



悪魔の前で優しく笑う。
聖母のように。








いつも赤く染まっている頬が今はやはり青白くて
見ているだけでは切なくて、触れようとしたその時に
女の指がふいに動いた。
ベッドから少しだけ浮いて、何か掴まるものを探しているような感じで。
たしかに眠っているはずなのに、指だけが動いて。
俺はその指を自分の手で包み込み、捕まえる。
「……姉崎……」
起こさないようにと気を使いながら
手に力を込める。





まだ何も知らないこの女が、
何を気づくのを俺は待っているのだろう。





自分の内の熱が
何処かに篭ってしまっていて
じりじりと
じりじりと
焦がしてしまうような気がする





自覚している





俺の中に
たしかに熱はある














サイト開設前から考えてた話です。
ああ、やっとここまで書けたんだな…としみじみ。
そしてこの後『熱』につながっていくのです。

『保健室で 2』はまもりちゃんとムサシの話。


BGM:スピッツ「ホタル」







2006/1/1 UP



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